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大阪地方裁判所 昭和36年(ソ)11号 決定

抗告人 安田火災海上保険株式会社

主文

本件抗告はこれを棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の要旨は、

一、本件運送保険の目的は単なる紙片たる株券(券面)ではない。

(1)  記名株券が株主権を表彰する有価証券であることは異論のないところであり、本件運送保険の目的も右の意味における株券であり、原決定のいうような単なる券面、即ち紙片そのものではない。そのことは、本件保険の保険金額、従つて支払保険金が株式の時価に匹敵することからも明らかであつて、株主権全体が保険の目的になつているものというべきである。

(2)  わが国保険業界における株券等の有価証券の運送保険においては、証券の表彰する株主権等の権利の時価を以て保険価格とし、有価証券の到達地への不着を以て保険事故とし、事故発生すれば、証券の所有者が証券の表彰する権利を喪失したか否かにかゝわらず保険金の全額を支払うのが商慣習である。

二、保険者代位によつて取得する権利は株主権そのものである。保険者代位は、法律の規定により保険の目的の全損及び保険金の全額支払を要件として、当然に保険の目的につき被保険者の有する権利が保険者に移転する制度であるから、保険の目的が記名株券の場合は、株券の表彰する株主権も当然保険者に移転するのであり、原決定の如く株券の券面に対する権利だけが移転するのではない。しかも右株式の移転には株券を裏書または譲渡証書付きで交付するという譲渡方式を必要としないし、また右株式の移転を会社に対抗するため、株主名簿上の名義書換を経由する必要もない。

三、抗告人は民訴法七七八条二項による公示催告申立権を有する。

右の如く保険者は保険者代位によつて株主権を取得するほか、公示催告の申立、除権判決を経て権利を回復する一連の権利ないしは地位そのものも当然取得するものと解すべきである。けだし、保険者代位の制度は、被保険者が一方において保険金を受領しながら、他方において権利回復請求権もしくは損害賠償請求権を取得するという二重利得の不合理を回避せんとするにあるのであるから、被保険者が、保険の目的につき有する一切の権利ないしは地位、本件では公示催告の申立、除権判決を経て権利を回復する一連の権利ないしては地位そのものも、当然に保険金を支払つた保険者に移転するものというべく、然らざれば、被保険者は保険金を受取りながら、なお右一連の手続を通じて前記二重利得を得るという不合理を避けることはできないからである。

そうであれば、抗告人は、保険者代位により申立外柿野厳の有していた株主権ならびに公示催告の申立、除権判決を経て権利を回復する一連の権利ないしは地位そのものを取得したのであるから、当然民訴法七七八条二項にいわゆる「証書に因りその権利を主張し得べき者」に該当するというべきである。

かりに百歩を譲つて、抗告人が保険者代位によつて取得したのは、原決定のいう如く株券の券面に対する権利であつて、株主権でないとしても、抗告人は、昭和三六年三月八日申立外柿野厳に保険金一七八万八〇〇〇円を支払うと同時に、右柿野厳より保険の目的たる本件五〇〇株券二枚につき、白地の譲渡証書の交付を受けているから、前記法条にいう「証書に因り権利を主張し得べき者」に該当することにかわりはないのである。

四、以上のとおりであつて、抗告人の本件公示催告の申立を却下した原決定は失当であるから、本件抗告に及んだ次第である。

というにあつて、これに対する当裁判所の判断はつぎのとおりである。

抗告理由一、二点について、

記名株券は株主権を表彰する有価証券であるから、これを運送保険に付した場合における保険の目的は、単なる紙片だけではなく、右の意味における有価証券であり、換言すれば株主権の化体した証券である。もつとも株主は記名株券を喪失したからといつて、ただちに株主権を失うわけではない。しかし喪失株券が善意取得者の手に入り株主権を失うおそれは極めて強い。そうでなくても株式の譲渡ができないため迅速な株式取引の商機を失する不都合も生ずるのみならず、会社に対する名義書換請求に支障を来す等種々の不便、不都合が生ずるのであつて、しかも右障害避止のための、権利行使手段の回復は決して容易なことではないのであるから、広く社会経済的な観点からすれば株券の喪失によつた株主の受ける損害は一応株主権の喪失に匹敵するものということができる。そうであるから、本件疏明資料からも窺われる如く、株券の運送保険においては通常株式の時価相場を以て協定保険価格とされており、本件株券の運送保険についても同様であると考えられるのであつて、保険価格を右のような基準で定めたとしても何ら賭博的利得を目的とするものでないから、超過保険を以て律すべき限りでない。右の如き株券の性質及びこれを目的とする運送保険の趣旨からすれば、保険者が株主たる被保険者に対し全損として株式の時価相当の保険金の全額を支払つたときに、保険者代位によつて保険者の取得する、保険の目的につき被保険者の有したる権利とは、株券とその株券の表彰する株主権を含めたものと解すべきは当然であつて(この点は株主権を伴わない株券のみの移転が一般的に肯定し難いことからも首肯できる。)、これを単に紙片に過ぎないものとする原決定は失当であり、この点に関する抗告人の所論は理由があるというべきである。

抗告理由三点について

記名株券を喪失したときには、喪失者は、公示催告の申立をし、除権判決を得て、株券の再発行を請求しうることは、商法二三〇条の明定するところであるが、右手続は、民訴法七七七条以下に定める証書の無効宣言のためにする公示催告手続の規定によつて行われるのであるから、右の株券喪失者が公示催告の申立をなしうるためには、民訴法七七八条の規定する適格をそなえなければならないことはいうまでもない。右七七八条は、一項において、「無記名証券又は裏書を以て移転し得べく且略式裏書を付した証書に付ては最終の所持人公示催告手続を申立てる権あり」と規定し、二項において「此他の証書に付ては証書に因り権利を主張し得べき者此申立を為す権あり」と規定している。右一項の「最終の所持人」というのが、証書喪失当時における所持人を指称し、この所持人が実質上の権利者たることを要する趣旨でないことは文言上からも看取されるのであつて、しかも一項は二項を無記名証券等に適用した当然の結果を表示したものと解せられる以上、結局公示催告の申立をなしうるものとは、証書喪失当時その証言によつて権利の主張ができる形式的資格をもつていたものということにならざるをえない。そうであるから右の形式的資格を有しないものは、たとえ実質上の権利者であつても申立権を有しないものというべきである。けだし、公示催告ないし除権判決の制度は、証書喪失当時の形式的資格者に、証書の喪失により失つた形式的資格を回復させることを目的とするものであつて、実質上の権利者を確定し、これに形式的資格を付与する制度ではないからである(従つて、実質上の権利者であれば権利取得の時期如何にかゝわらず、また従前形式的資格をそなえていたかどうかに拘らず、それに資格を与えるというが如きは、この制度の埓外にあること勿論である。)。そして、このことは公示催告手続が、右制度目的に照応した手続構造をとつていること、これを逆にいえば、実質上の権利確定にふさわしくない手続構造であることからも首肯できるのである。たとえば、民訴法七八〇条は、公示催告の申立につき証書喪失当時、証書による権利行使の資格者であつたことの疏明を要求するだけで、実質上の権利者たることの疏明を要求するような体裁になつていないのみならず、同法七八一条、七七〇条が、公示催告手続において権利者より証書を提出して(その権利者も亦証書を喪失しているときはその提出を要しないものと解すべきである。)権利の届出があり、申立人との間に証書の同一性、真偽等(権利者もまた証書を紛失して提出できない場合における権利関係の帰属を含む)につき争があれば、通常の訴訟手続でその確定がなされるまで、公示催告手続を中止するか、または除権判決において届出でた権利を留保すべきことを要求し、公示催告手続において実質上の権利関係の確定をせず、これを通常の訴訟手続に委ね、審理の対象を専ら証書による資格自体においているのであつて、そのことは即ち証書の喪矢によつて資格を失つたものに、これを回復せしめんとする本制度の趣旨を如実に示すものといえるのである。

もつとも、形式的資格というのは、元来実質上の権利の推定手段であるから、公示催告申立当初から実質上無権利者であることが明らかであり、かつこれに形式的資格を与えることが不必要、不当であるときは、公示催告の申立権も制約される場合のあることは否めないが、これはむしろより高い法の精神に基くのであつて、これあるがため、常に実質上の権利者にも申立権を与えるべしとの根拠にならないことはいうまでもない。

いまこれを本件についてみるに、抗告人の主張するところは保険者たる抗告人は、被保険者柿野厳と同人の有する最終名義人兼所持人いずれも同人なる記名株券を目的として運送保険契約を結び、保険事故たる株券喪失のため、保険金の全額を支払い、保険者代位によつて、被保険者柿野厳の有する株主権を取得したというのであるから、本件株券喪失当時において株券による権利行使の資格を有していたものは柿野厳でこそあれ、抗告人でないこと明白であり、すでにこの点において抗告人は公示催告の申立権を有しないものといわなければならない(抗告人が保険者代位により株式の移転を受けたとしても、株券による資格はもともと無かつたのであるからその資格の獲得は後記の如く他に求むべく、従前の資格の回復を目的とする公示催告手続により難いことは、前説示のとおりである。)。

ところで抗告人は、株券を目的とする運送保険においては、保険者が保険者代位により被保険者の有する、公示催告の申立をなしうる地位(抗告人は公示催告の申立、除権判決を経て権利を回復する地位という表現を用いているが同趣旨と認める)を承継取得し、これによつて申立人たる適格を有するに至つたと主張するので按ずるに、株券喪失の場合において民訴法の定める公示催告申立人は喪失当時株券による権利行使の資格をもつていたものであること前説示のとおりであり、右申立人たる適格は公示催告手続の非訟的な、形成的な性格からしても、また前記公示催告制度の目的ならびにその手続構造(即ち喪失した株券による資格の回復を制度目的とし、審理の対象は資格のみに限定せられ、実質上の権利に及ばない等の諸点)からしても、これを限定的に解すべきは当然であるし、また公示催告の申立をなしうる地位といつても、喪失した株券による資格をもつていたということがその要素になつているのであるから、かくの如き地位が、保険者代位の効果として、株式の移転に随伴あるいは単独で移転するものとは解し難いのみならず、もしこれを反対に解せんか、保険者代位の効果、株式の移転等実質上の権利関係につき審理せざるをえないことになり、あたかも実質上の権利者に申立権を認めるのと同様の結果を生ずるのであつて、その不当なことは前説示のとおりである。従つて、右地位の承継を根拠にして抗告人の申立権を肯定することもできないものといわなければならない。もつとも相続あるいは会社合併の如き包括承継の場合には、右の如き地位の承継も、それが一身専属的でない関係上、これを認めるに難くないが、それは人格の消滅によりその人格者のもつていた権利ないし地位の一切が承継せられ、承継人があたかも前主の身代りの如き立場に立つからであつて、保険者代位の如き特定承継を以てこれを同一視することができないのはいうまでもない。

さらに抗告人は、保険者代位により公示催告申立、除権判決を経て権利を回復する権利を取得したから公示催告の申立権があるというような主張もするのであるが、右の権利というのが私法上の権利を指すものであれば、かゝる権利の存在は認め難いし、況んや、かような私法上の権利の存在を基礎にして申立人の適格が定められているとは考え難いから、右権利の取得を理由に抗告人に申立権ありとする右主張の失当であることはいうまでもない。もしまたこの権利というのが公示催告の申立権という公示催告手続上の権利を意味するとすれば、前記の申立をなしうる地位の承継につき説示したのと同様の理由によりその特定承継は認め難いから、これを理由に抗告人に申立権を認めることもできない。

以上の如く、抗告人に公示催告の申立権がないとするときは抗告人は株式の移転を受けながら、形式的資格がなく、株券の再発行も受けられない反面、被保険者たる柿野厳は、株券喪失当時の資格者として公示催告手続を経て株券の再発行を受け、事実上二重に利得する機会が生ずるかのようであるが、抗告人は、柿野厳に対し、同人が除権判決を得て再発行を受けた株券を自已に交付すべき旨の請求権、あるいは除権判決の結果取得する株券再発行請求権を自己に譲渡すべき旨の請求権を有することは、株券が株主権に追随すべき性質のものであることからして当然であるから、抗告人は、右請求権を保全するため、民法四二三条に基き柿野厳に代位して公示催告の申立をなし、除権判決を得て株券の再発行を求めることができるのであつて、抗告人独自の公示催告申立権を否定したからといつて、実際上の支障、不都合を生ずるものとはいい難い。よつてこの点に関する抗告人の所論は採用し難い。

結語

そうであれば、抗告人に独自の公示催告の申立権ありと主張する本件においては、右申立を却下した原決定は、結局相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、抗告費用の負担につき民訴法八九条を適用し、主文のとおり決定する。

(裁判官 金田宇佐夫 羽柴隆 井上清)

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